人気が復活した角界の平成20年代は暴行問題で幕を開け、閉じる

モンゴル力士はなぜ嫌われるのか──日本人のためのモンゴル学 (WAC BUNKO 270) | 宮脇 淳子 |本 | 通販 | Amazon

大相撲にとっての平成20年代は、まさに激動の10年間だったといっても過言ではないと思います。振り返れば今から10年前は観客や相撲ファンが少なかったこともあり、土日の本場所のチケットが容易に獲得できるほどでした。それが、平成29年は全ての本場所で初めて、満員御礼を達成できたり、民放などで力士関連のバライティ番組が放送されたりするなど、相撲人気は復活しました。女性の相撲ファンを「スー女」と呼ばれるようになったのも、この10年間に該当します。

一方で、平成20年代前半は、平成19年に発覚した時津風部屋における力士への暴行問題を発端に、薬物問題や八百長問題が発覚し、平成23年には半年間通常の本場所開催ができなくなる異常事態に陥ったこともありました。結果として、この反省などから情報を外部に発信したり、ファンサービスを充実したりして相撲人気を復活させたことになりました。残念ながら、別の暴行問題が発覚し、これが尾を引きずる形で平成30年代を迎えることになりそうです。

今回は、発覚してしまった暴行問題を中心に、場所後に現役を引退した第70代横綱日馬富士関の軌跡を交えながら取り上げていきたいと思います。

メディア報道などで九州場所序盤に発覚した暴行問題の経緯とは

まず、先場所にあたる九州場所が始まった途端に発覚した暴行問題の内容について、12月下旬に公表された日本相撲協会の危機管理委員会の中間報告を基に触れてみたいと思います。

事の発端は、秋場所後に各地をまわる巡業先の1つである鳥取市内で起こりました。この日は鳥取場所の前日で、伊勢ヶ濱部屋所属だった元横綱日馬富士関や宮城野部屋所属の第69代横綱白鵬関、井筒部屋所属の第71代横綱鶴竜関をはじめとするモンゴル出身力士が集まった席上において参加していた貴乃花部屋所属の貴ノ岩関が白鵬関から説教を受けていた際、携帯電話が鳴って操作しようとしたため日馬富士関がこれを注意し、その流れで平手とカラオケのリモコンで、それぞれ複数回殴ったというものです。

その後、貴ノ岩関は巡業に参加するなど、特に大きな問題にはならなかったと見られていたが、九州場所初日1週間前になって入院し、結果として九州場所を全休してしまいました。なお、警察への被害届は暴行があった月のうちに地元の県警へ貴乃花親方が提出しており、日本相撲協会も九州場所が始まる10日ほど前にはこの問題を既に把握していました。

この問題が公にテレビなどのメディア関係の報道などで発覚したのは、九州場所3日目のことでした。それ以降は場所中にもかかわらず日馬富士関や鶴竜関や協会に対して事情聴取や参考人聴取があったり、白鵬関が同席を認めて謝罪したりするなど白熱する土俵の裏側では異様な雰囲気の中での九州場所となってしまいました。千秋楽には第61代横綱北勝海の八角部屋師匠である理事長が協会ご挨拶などでファンに対して謝罪する一幕も見られました。ちなみに日馬富士関は暴行問題が発覚すると、この事実を認めて翌日から途中休場してしまいました。それまでの2日間は左上腕などの怪我などの影響で連敗しており、休場届も、この怪我を中心に書かれたものでした。

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引退した第70代横綱日馬富士関の軌跡

九州場所後、横綱日馬富士関は責任を取る形で現役を引退しました。このような形で力士人生が終わることに対して残念に思います。ここで、日馬富士関の現役時代を振り返ってみます。

日馬富士関は昭和594月にモンゴルの首都ウランバードル市で誕生し、現在33歳です。父親がモンゴル相撲の選手だったことなどから、少年時代から相撲に接する生活を送っていました。ちなみに、土俵に上がった時などに紹介される出身地はゴビ・アルタイですが、これは父親の出身地です。

16歳の時に、第63代横綱旭富士の、当時の安治川部屋師匠が地元で開催された相撲大会に出場して師匠から直接スカウトを受けたことから、来日し、平成13年初場所に、この安治川部屋に入門して初土俵を踏みました。

日馬富士関の特徴としては、最も重たい時でも体重が140kgに満たない軽量力士でありながら、体の重心の低さと足腰の強さを利用して、立ち合い時に相手の懐に潜り込んで右四つに組みとめてから寄り切ったり、上手から出し投げをきめたりして仕留める相撲だけでなく、廻しが取れなくてもスピードを活かして相手を突き放してそのまま押し出すなどの押し相撲も取れるところにあると思います。特に後者のようなスピードを伴った素早い内容は他の関取力士が目標に掲げるほど特徴的なものでした。

これに加えて、変化にも対応しやすく、土俵際の粘り腰がある強みもあり、これらを活かして番付を上げていき、入門して3年余りで関取の座を掴み、ほぼ4年後の平成16年九州場所には20歳で新入幕の座を掴みました。入幕後も強みを活かして昇進していき、それから4年ほどで大関に昇進でき、四股名も安馬から日馬富士に変えました。4度目の優勝を果たした平成24年秋場所後に、連続優勝などの成績が評価されて第70代横綱に昇進しました。横綱に昇進してからは左足靭帯損傷など古傷を抱えながらも5回も優勝することができました。

年内中に下した協会内の処分とは

初場所の番付発表が迫った1220日に、日本相撲協会は臨時理事会で今回の問題に関する処分を決定しました。具体的には給与の減額が中心となっており、暴行があった席上にいた白鵬関と鶴竜関の両横綱に対して1月分の月給なし、白鵬関はさらに2月分も半額カットとなります。八角理事長も残りの任期分の給与を返上するそうです。これに加えて元旭富士関は監督責任などから理事を辞任しました。一方で貴ノ岩関に対しては、仮に初場所を休場しても、休場届を出せば次の場所では幕下に落とさない措置が取られました。

この時に決まっていなかった貴ノ岩関の師匠の貴乃花親方に対する処分は28日に決定し、その内容は理事解任による2階級降格というものでした。

次の初場所でも例年通り白熱した相撲が楽しめるか

例年、年が明けてすぐに開催される初場所は天覧相撲が1日あることが多いなど、めでたい場所として知られていますが、平成30年初場所の場合は状況が異なると考えられます。初場所後に理事選挙が行われ、投票権を持つ親方などに対して、この暴行問題の影響を受けて動きが変わる可能性があるからです。

114日に初日を迎える初場所では、土俵外で起こった問題の影響がなるべく出ずに、例年通りに土俵内の白熱した戦いが見られることを期待したいと思います。