ライバル意識とおっつけで三役に近づく北勝富士関

北勝富士関のプロフィール

北勝富士関は平成4715日に埼玉県所沢市で誕生し、現在25歳です。本名は中村大輝で、十両力士だった昨年秋場所まで本名から大輝という四股名で相撲を取っていました。北勝富士という四股名の由来は所属する八角部屋の師匠を務めている第61代横綱北勝海の四股名から「北勝」の2字を取ったものに、北勝海が九重部屋で活躍していた頃に師匠を務めていて、現在はNHKの相撲解説などで有名な第52代横綱北の富士から「富士」の2字を取ってつけられたものとされています。ちなみに八角部屋では師匠の四股名から取るケースや島根県にある隠岐の島出身力士が多いことから隠岐という字を四股名に使うケースが多くなっています。

出典:力士プロフィール – 北勝富士 大輝 – 日本相撲協会公式サイト

北勝富士関のスポーツ経験は豊富で、小学校低学年まではサッカーや水泳などを経験したこともありました。相撲は小学校高学年から地元の少年相撲クラブに入る形で本格的に始めましたが、中学卒業までは柔道と並行する形で競技に打ち込んでいました。それでも、最終学年には県大会で優勝したり、中学3年生の時には全国大会で優勝したりすることができました。

高校は地元にある強豪校である埼玉栄高校の相撲部に入って、さらに実力を上げていき、3年生の時には高校横綱に輝くことができ、卒業後に日本体育大学の相撲部に進学するとさらに力をつけることができました。2年生の時に全国大会の個人タイトルを複数回獲得できたり、3年生の時には国体相撲を優勝したりするなど多くの実績を残すことができ、このときに幕下付出デビューの資格を獲得しました。卒業後の平成27年春場所に師匠の相撲への憧れがあったことと、部屋のゼネラルマネージャーと縁があったことなどから八角部屋に入門して初土俵を踏みました。この時、付出しデビューの期限を過ぎていたため通常の形での入門となりましたが、実力はすぐに成績に反映される形で現れ、入門して負け越すことなく1年強で関取の座を掴み、入門丸1年半後に十両優勝を果たして新入幕を決めました。入幕後も安定して幕内の座に定着する形で相撲を取れるようになり、今年の九州場所では自己最高位で11勝の好成績を残して、次の初場所では新三役か、それに近い番付で相撲を取ることになります。

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平成4年生まれ同期の出世争いは熱い!

平成に入って約30年たちますが、関取でも平成生まれの力士が徐々に多くを占めて活躍するようになってきています。例えば、田子の浦部屋所属の大関高安関は平成22月生まれの27歳です。ちなみに数年前までは田子の浦部屋所属の第72代横綱稀勢の里関や境川部屋所属の大関豪栄道関など昭和61年生まれの力士が幕内で10人近くを占めた時代もありました。

北勝富士関と同じ平成4年生まれの幕内力士は出羽海部屋所属の関脇御嶽海関を筆頭に、木瀬部屋所属の宇良関、追手風部屋所属の大奄美関の計4人おり、いずれも大学を卒業して角界の門を叩いた経歴を有していることなどから、互いにライバル意識を持って出世争いを繰り広げるなどして幕内の座を掴めたのではないかと考えられます。

北勝富士関は、このうち、幕内上位同士で活躍している御嶽海関に対しては特にライバル意識が強いとされており、新十両に昇進した際に受けたインタビューで「御嶽海関を超すのが目標」と公言したほどです。また、小柄な体型を活かした反り技などで幕内の相撲を沸かせて有名になった宇良関に対しても、序二段の頃に全勝同士の優勝決定戦を経験したり、今年の夏場所での対戦で敗れた際に天敵だと話したりしたことからライバルとして認識していると考えらえます。また、この九州場所で新入幕を果たした大奄美関も実力を上げて幕内に定着できるようになれば、ライバルの1人として互いに土俵を盛り上げてくれるかもしれません。

ちなみに十両の番付だと中学や高校を卒業して角界に入ったり、早生まれだったりするなど経歴や区分は異なる面がありますが、大嶽部屋所属の大砂嵐関や、九重部屋所属の千代鳳関、木瀬部屋所属の大成道関も同い年であり、これらを含めて平成4年生まれの関取は7人いることになります。

新三役が近づき注目力士の1人となる北勝富士関

幕内上位の番付に定着して相撲が取れるようになり、新三役も近い北勝富士関ですが、ここまで番付を上げていくと注目が集まってくるようになります。

現に、前に直向きにぶつかって攻めていく姿が格好いいと相撲の内容を評価する声や、立ち合いでぶつかる前に足を交互に押すルーチンに対してやる気が沸いてくるとする声があります。

一方で、この負けん気が強い土俵上と普段の優しそうな感じのギャップに魅力を感じるという評判もあります。

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北勝富士関の家族構成

北勝富士関の家族には両親と兄と姉の4人がいますが、このうち父親は北勝富士関に対しして特に献身的にサポートしており、小学生のころから出場していた大会の応援に毎回参加するほどでした。この応援が彼自身の大きな支えになったそうです。

おっつけを用いることで突き押し相撲を強みとしつつある北勝富士関

北勝富士関の強みは廻しを取らずに相手を攻めていく押しですが、このうち肘を脇につけながら相手の肘を外側から強制的に上へあげる技であるおっつけを使うことにより相手の重心を上げて押していくことを得意としています。今年の九州場所では、この技術が成績に反映されたことから技能賞を獲得できたほどです。

ちなみに、おっつけを強みにできたのはプロに入ってからで、学生時代は捌いて勝つ相撲が多かったです。また、突き押し相撲だけでなく、前回しを掴んで寄り切ったり、相手をいなして崩したりして攻めることも得意としています。

北勝富士関が三役定着からその先を目指すためには

幕内上位の番付に定着して相撲が取れるようになっている北勝富士関が次のステップである三役定着を確実にするためには、先述した強みのおっつけを用いて攻めていく相撲を確立することが第一ですが、右膝の怪我をさらに悪化させないように押し以外に前回しを掴んで攻める方法などを用いるなどバランス良い攻め方をしたほうが良く、太ももや膝の上の筋肉などの体格面にまだ改良点があると指摘する意見が親方の中で一部出ています。

北勝富士関が、これらを取り入れることにより、その先を目指せるかもしれません。

まとめ

このように、平成4年生まれの同期同士でライバル意識を持ちながら、おっつけの技術を身につけて幕内上位まで番付を上げることができた北勝富士関には、土俵を離れれば話しかけやすい優しさがあるという一面がある力士です。三役に昇進できれば、人気がさらに高まる可能性が高く、期待も大きい力士の1人と言えると思います。