九重部屋と関取紹介

2017年11月1日

元大関千代大海関が師匠の九重部屋とは

現在の九重部屋の師匠は元大関千代大海関で、約半年前から師匠を務めています。

九重部屋は東京都墨田区の蔵前橋通りと三ッ目通りの交差している付近に部屋を構えており、近くには大横川親水公園を始め、少し足を伸ばせば錦糸町界隈や5年前に開業した東京スカイツリーへも行くことができる位置です。両国国技館にも近く、徒歩15分で行くことができるほどの距離にあります。現在、九重部屋には千代の国関、千代翔馬関、千代鳳関の幕内力士と千代大龍関、千代丸関、千代皇関の十両力士の計6人の関取を含め力士は14人在籍しており、このうち12人が昭和61年からの10年間に生まれており、同世代同士で凌ぎを削って番付を上げてきたことが一因で、ここ数年で関取に昇進する力士が増えてきています。また、先代の第58代横綱千代の富士関が師匠だったころから、三段目に昇進すると四股名に「千代」が付くことが特徴です。さらに、三役格の木村容堂と幕内格の木村晃之助のベテラン行司2人と三役格の重夫を始め呼出が3人、床山が2人の裏方と呼ばれる人たちも在籍しており、少なくとも23人が共同生活をしています。

九重部屋の、ちゃんこ鍋の一例としてはレタスが入ったレタス入り塩ちゃんこ鍋があり、肉類が豚ロース肉、鶏もも肉のほか、ウィンナーや豚ひき肉と鶏ひき肉から作られる肉団子も入っているため、ボリュームが豊富なのが特徴です。それいがいにも、ウズラの卵やうどんの他、豚汁など良く使われる大根や油揚げなども入っており、バライティにも飛んでいるのが特徴です。また、これとは別に九重部屋直伝として醤油味のちゃんこ鍋セットがネット通販などで販売しており、購入して味わうことができます。また、過去には朝稽古を含んだ午前中だけの日帰りツアーが組まれたこともあり、これに参加すれば、九重部屋で直にちゃんこ鍋を味わうことができました。ちなみに九州場所など地方場所の場合、現在も稽古の様子を一般見学することも可能となっています。

現在の九重部屋師匠、元千代大海関の紹介

九重部屋の師匠である元千代大海関は昭和51年4月生まれの40歳で、少年時代は相撲の他に柔道や空手を経験しており、特に空手において実力は小学生時代に、始めて1年で全国大会に優勝するほどでした。相撲でも地元の大会で優勝しています。このようなスポーツ少年という一面の他に、街に出るとヤンキーとしての一面もあり、その力量は年上相手に喧嘩して負かすほどでした。この知名度は地元の大分県だけにとどまらず、九州地方単位でも知られるようになったぐらいでした。中学校を卒業後は、とび職で生計を立てていたものの、1年以内に単身で上京して相撲界の門を叩きました。この際、九重部屋を志願して入門することになりましたが、その際、金髪頭で来たため当時の師匠である第58代横綱千代の富士関の逆鱗に触れることになり、後日、丸刈りにして入門したという逸話は有名ではないかと思います。

出典:http://sumodb.sumogames.de/Rikishi.aspx?r=8&l=j

千代大海関は入門して2年半後の平成7年夏場所後に19歳で関取の座を掴み、その2年後には新入幕を果たしました。以降、引退するまでの12年半の間幕内に定着して土俵を務めることになりました。千代大海関の強みは突っ張りを交えながら廻しを取らずに一気に相手を土俵の外へ突き出したり押し出したりすることで、これを電車道と呼ばれており、同時期に活躍していた力士の中では現大鳴門親方で武蔵川部屋に所属していた元大関出島関も同じスタイルでした。この強みは新入幕後すぐに発揮され、平成10年春場所では第65代横綱貴乃花関から唯一の金星を獲得すると、その翌場所から三役を務め続けた上、1年も経たない平成11年初場所に13勝の成績で幕内最高優勝を果たして大関に昇進しました。ちなみに当時、二子山部屋所属の元貴ノ浪関と武蔵川部屋所属で第67代横綱武蔵丸関の同時昇進以来、丸5年ぶりの新大関誕生でした。この時、殊勲賞と敢闘賞も受賞し、技能賞を既に複数回取っていたため、三賞の全種類を揃えた上での昇進となりました。

ただ、大関に昇進してからは右足や左膝の靭帯を損傷したり、右ひじの関節を捻挫したりするなどして途中休場や全休する場所が多くなり、大関陥落の危機を意味するカド番を14回も経験するなど土俵を務めることが難しくなりました。怪我の他にも相手と組んで相撲を取る四つ相撲が取りづらいため、これに持ち込まれて星を落とす取り組みがある等の弱点も要因の1つと考えられます。そのような満身創痍な体でも大関の座を約11年間務めることができ、その間に2回の幕内最高優勝を果たしています。

そして、平成22年初場所の3日目に同じく古参大関として活躍していた現浅香山部屋師匠で友綱部屋に所属した元大関の魁皇関に敗れた後、33歳で現役を引退しました。現役を引退後は佐ノ山親方として九重部屋に残って後進の指導に当たったり、相撲協会の職員としても審判部などに属して、土俵下の審判係を務めたりするなど活躍しています。そして6年半後の昨年7月末に先代師匠が亡くなってからは九重部屋を継承して現在に至ります。

ちなみに、所属する関取衆が全員勝利した時に焼肉屋で奢ったり、スポーツ紙に相撲に関するコラムを引き続き執筆したりするなどの先代師匠から続いているルールや活動も引き継ぐ形で継続しているものもあります。

基礎を重視する、あんこ型力士千代鳳関

九重部屋に所属している関取は幕内3人、十両3人の6人です。まず千代鳳関は、平成4年10月生まれの24歳です。少年時代にはサッカー、水泳、柔道など豊富なスポーツを経験し、特に柔道は小学校から中学校を卒業して、鹿児島県から上京して九重部屋に入門するまで続けており、その実力は全国大会に複数回出場し、特に小学校6年生の時にはベスト16に入るぐらいでした。柔道経験の中で相撲も行っていた点と九重部屋の催しに参加した点から、プロの相撲界に興味を抱いたと考えられます。

千代鳳関は体重が183kgで、身長よりも大きい数値があるぐらいのあんこ型力士で、突き押し相撲を強みにしています。それよりも立ち合い時に額から当たったり、相手から引かれた際に両手の掌が上に向いて残ったりするなど相撲のセオリーを忠実に熟しているのが特徴で、四股も毎日500回行うなど、基礎を大事にするポリシーを実践しています。この積み重ねにより入門から4年弱で関取の座を射止め、それから2年後からは幕内の番付にほぼ定着できる実力を有するようになっています。ただ、左膝の半月板を複数回怪我していることにより最近では、休場したり、成績が低迷したりしています。完治すれば再び幕内を盛り上げてくれる存在になると思います。

糖尿病と戦っている千代大龍関

千代大龍関は昭和63年11月生まれの28歳で、相撲は中学生から本格的に始め、日本体育大学時代には、4年生の時に学生横綱を取ったり、全日本相撲選手権大会で上位に入ったりするなどの実績から幕下付出として九重部屋に入門しました。ところが、入門して最初の場所は蜂窩織炎を興して途中休場してしまいました。それでも、その後は順調に成績を残していき、入門から丁度1年後の平成24年夏場所で新入幕を果たしました。関取に昇進するまでは本名の明月院で相撲を取っていましたが、それ以降は現在の師匠の四股名に因んだものに変更しています。

千代大龍関の特徴的な面としては、相撲中継などの際に残すコメントがユニークである点が挙げられます。具体的には、5年前に立ち合い後に相手をかわして倒す、変化で春日野部屋所属の碧山関を破った際に、堂々と変化したことを公言したり、横綱戦の際に勝負を楽しみたいとコメントを残したりした点が挙げられます。メインの相撲内容として基本は突き押し相撲で、第70代横綱日馬富士関から2つ金星を上げたり、小結に1回昇進したりする実績を残していますが、糖尿病を患っており、それに伴う体調不良や怪我で休場する場所も複数あるなど、最近は幕内下位と十両上位の番付で安定しています。

2度の大怪我を乗り越えて幕内定着が期待される千代の国関

千代の国関は平成2年7月生まれの26歳で、少年時代は空手や柔道などのスポーツ経験があり、特に柔道では主将として全国大会でベスト16に入る実績を残しています。父親が先代師匠のファンであることで過去に九重部屋に稽古見学した縁から、中学卒業後に三重県から上京して九重部屋に入門しました。入門してから5年後に関取に昇進し、そこから半年後の平成24年初場所で新入幕を果たしました。ところが、関取に昇進して以降はけがに悩まされ、特に右肩の関節脱臼と両膝の半月板損傷の2回の大怪我で通算1年間途中休場するなどしたため、2年前は一時、三段目まで番付が下がってしまいました。

しかし、そこから得意の突き押しに加えて、右四つに組んでからの寄り技を身につけるなどして、復帰して1年余りで幕内の土俵に帰ってくることができ、ここ数場所は幕内に定着しつつある力士で期待が大きくなってきています。

投げ以外の技を取得し成長が期待される千代翔馬関

千代翔馬関は平成3年7月生まれの25歳で、父親がモンゴル相撲の大関だったことから少年時代は柔道と相撲を経験し、中学校卒業後は相撲留学として、モンゴルから来日し、強豪校として知られている明徳義塾高校に入りました。高校2年生の時に中退した上で、平成21年名古屋場所に初土俵を踏みました。

千代翔馬関は体重が130kgと軽量力士で、入門当時は90kgもなかったため、関取に昇進するまで7年半を要しましたが、それ以降は関取に定着する成績を残しており、その一因として入門した時からの強みである上手投げに加えて、左四つに組んだ後、廻しを引きつけて寄り切ったりできる力を身につけたことが考えられます。今年の初場所では自己最高位の東前頭6枚目に昇進しており今後の活躍が期待できる力士の1人だと思います。

かわいいと人気がある兄弟力士の兄、千代丸関

千代丸関は平成3年4月生まれの25歳で、少年時代に柔道を経験して、中学校卒業後に相撲界の門を叩きました。

千代丸関は先述した千代鳳関の兄であり、体重も180kg前後ある、あんこ型力士である点や、押し相撲を強みにしている点は千代鳳関と共通していますが、反り腰になって倒れてしまうなど、あんこ型を活かしきれない内容があるなどしたため、関取に昇進できたのは入門して6年半後の平成25年秋場所でした。しかし、それ以降は関取に定着しており、平成26年春場所に新入幕を果たしてから8場所は幕内の土俵で活躍していました。現在は十両力士として土俵に立っていますが、丸々とした顔立ちが、かわいいと特に若い女性のファンが多い力士として有名な関取となっていて、幕内土俵入りの際などで顔立ちなどを見られる機会が、またあるか楽しみな力士です。

吊り技を強みにし、幕内定着が期待される千代皇関

千代皇関は平成3年5月生まれの25歳で、鹿児島県の与論島出身です。高校時代は沖縄県内の高校に下宿して相撲の力を蓄えていき、高校卒業後の平成22年春場所に九重部屋のスカウトを受けて初土俵を踏みました。

千代皇関の強みは右四つになってからの寄ったり、吊り出したりする技で、特に後者は相撲界でも定評があるほど上手なのが特徴です。この吊り技で自分より80kgも重い木瀬部屋に所属していた元十両の德真鵬関などのあんこ型力士を破るほどの実力を有しています。この強みを活かして入門して3年余りで関取の座を獲得すると、幕下に陥落したのが1回だけで、十両に定着する力を身につけた後、今年の初場所で遂に新入幕を果たしました。この場所でも負け越しはしたものの7勝は上げており、今後の幕内定着が期待される力士の1人と言っても良いと思います。