元安芸乃島関が師匠を務める高田川部屋

2017年11月17日

現在の高田川部屋の師匠は元安芸乃島関で、引退した直後は藤島親方でしたが、引退して1年後に千田川親方に変わりました。当初は二子山の部屋付き親方でしたが、この頃に元大関前の山関が師匠を務める高田川部屋に移籍しました。そして師匠の定年前に名跡を交換して高田川部屋の師匠になったのが今から8年前でした。


出典:高田川部屋 – 部屋の紹介

その高田川部屋は江東区内に位置し、近くには隅田川にかかる清洲橋があります。国技館へは近くの清澄白河駅から地下鉄の大江戸線で2駅のれば行けるので、近場に部屋を構えていることになります。部屋の力士は全員で18人いますが、師匠の四股名から取っているのは安芸乃山など2人だけです。この他にも三役格行司の式守勘太夫など、若者頭・行司・床山の計4人も在籍しています。

高田川部屋のちゃんこ鍋は塩味ベースなど一般的に作られているものと共通していますが、稽古見学を含め、このちゃんこが食べられる機会は後援会の会員にならない限り厳しいものとなっています。

高田川部屋の師匠、元安芸乃島関について

輝関と竜電関の2人の関取を擁する高田川部屋の師匠である元安芸乃島関は関脇まで昇進した実力者でした。安芸乃島関は昭和42年3月生まれで間もなく50歳になります。竜電関と同じく、相撲界に入るまでは柔道に専念していましたが、元大関貴ノ花関の藤島部屋師匠のスカウトを受けて、そのまま藤島部屋に入門しました。昭和57年春場所が初土俵だったので、中学卒業後すぐに入門したことになります。入門から5年後の昭和62年名古屋場所で関取に昇進し、その年度内に幕内の土俵に立てるほどのスピード出世で、これは21歳になる直前での新入幕でした。ちなみに、この場所は第64代横綱曙関や、第65代横綱貴乃花関など平成1桁ごろに土俵で大活躍した力士で、所謂「花のロクサン組」が入門した場所です。

安芸乃島関といえば、有名なのは金星を挙げた個数が第一に挙げられると思います。総数は16個で、この数は未だに破られていません。金星を挙げた相手は昭和の大横綱の1人である第58代横綱千代の富士関から第67代横綱武蔵丸関まで幅広く、複数の年代の横綱を負かしたことになります。平成元年名古屋場所など2個以上金星を挙げることも珍しくなく、千代の富士関、第61代横綱北勝海関、第63代横綱旭富士関からは4個も金星を挙げる活躍を見せました。これだけでなく三賞を取った回数も19回と、未だに破られていない記録を残しているのも特徴の1つです。内訳は横綱などの上位力士を破ったときに権利が得られる殊勲賞が7回、10勝以上を挙げたときに貰える可能性がある敢闘賞が8回、相撲展開で中身を伴った技術力が認められた時に候補になる技能賞が4回となっています。しかも、これらの記録が始まったのは新入幕を果たした昭和63年で、金星は第62代横綱大乃国関を秋場所で破った際に、三賞は西前頭10枚目で11勝を挙げた名古屋場所で敢闘賞として、それぞれ受賞しています。

このように複数回も三賞や金星を取れる理由として、左四つからの寄り技を強みと安芸乃島関自身の強さだけでなく、最高位が関脇だったことも考えられます。なぜなら、三賞は関脇以下の力士、金星は前頭の力士が受賞候補になっているからです。

安芸乃島関が引退したのは平成15年夏場所中で、現役生活は21年と長かったのも特徴です。

長身で若手である、輝関について

高田川部屋に所属している関取は現在、幕内で輝関、十両で竜電関の2人となっています。

まず、輝関は平成6年6月生まれの22歳の若手力士で、関取に昇進した平成26年秋場所までは本名の達を四股名にしていました。この輝という四股名は北陸新幹線の「かがやき」に由来し、下の名前の大士は同じ七尾市出身で、花籠部屋に所属していた第54代横綱輪島関に因んだものとされています。


出典:力士プロフィール – 輝 大士 – 日本相撲協会公式サイト

身長が193cmの長身を生かした突きや押し相撲を強みとしていますが、この大型な体型は、幼稚園の頃から周囲より一回り大きかったなど、少年時代から該当していて中学卒業後に高田川部屋に入門する際には既に、この身長になっていました。この恵まれた体型を活かした相撲は小学校に入学してから始め、中学生の時には全国都道府県中学生選手権の個人・団体の両方を制するほどの実績を残しています。

中学卒業の所謂たたき上げ力士にも拘らず、僅か1年半ほどで幕下に昇進するなどスピード出世でしたが、長身が故に立ち合いの際に廻しの位置が高い為、相手よりも重心が相対的に高くなってしまい、投げなどで直ぐに重心を崩されてしまったり、重心が安定している相手を力で押し切れなかったりする弱点があることから関取になるまで5年近くかかりました。ちなみに、この弱点のことは腰高と表現されており、大型力士がこれを克服すると元々の力を最大限に発揮できる可能性があります。

なので、輝関にはまだ伸びしろがあり、期待できる力士だと思います。ちなみに輝関と似たような体型で実力を発揮した例として立浪部屋に所属していた第60代横綱双羽黒関などが挙げられます。

怪我からのカムバックで期待できる竜電関について

次に、竜電関は平成2年10月生まれの26歳で、山梨県出身の関取です。相撲界に入るまでは柔道一筋で生きる少年でしたが、後の高田川部屋師匠となる元関脇安芸乃島関の千田川親方のスカウトを受けて、平成18年春場所に中卒で高田川部屋に入門しました。


出典:力士プロフィール – 竜電 剛至 – 日本相撲協会公式サイト

身長が192cmである点や、初土俵から丸2年で幕下に昇進したものの、そこからしばらく足踏み状態が続いた点は先述した輝関と共通しています。しかし、輝関と異なるのは、新十両として土俵に立った平成24年九州場所などで何回も股関節を骨折する怪我をした影響で、そこから約2年間ほぼ休場して序ノ口まで落ちてしまったことです。しかし、そこから怪我の治療と並行しながら土俵に立ち続けた結果、双差しになってから寄る力を身につけて、復活から2年で再び関取の座を掴むことができ、今年の初場所では自己最高位の西十両10枚目で9勝を挙げており、今後が期待される力士の1人といってもいいと思います。